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ISBN978-4-7603-0276-5 C3321 \50000E
第5巻 日本科学技術古典籍資料/医學篇(1)
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50,000円 (税込:55,000円)
第5巻 日本科学技術古典籍資料/医學篇【1】
許 俊 編、細川 元通 校正『訂正 東医宝鑑〈和刻版〉』原文篇1
Volume Ⅴ: The Collected Historical Materials on Japanese Science and Technology: Japanese Medical Science in Yedo Era (1)
The Revised and Corrected Edition of Toi Hokan (Japanese Printed Edition)
(2009/平成21年6月刊行)
「博物誌」としての『[訂正]東醫寳鑑』
(Teisei Toi Hokan as Natural History)
この資料は医学書ではなく雄大な博物学書である。この鳥瞰的な視点から解説を試みたい。朝鮮半島にあって、李氏王朝がこのような博物学書を、17世紀初頭に相当する1613(万暦41)年に公刊した事に驚異の念を禁じ得ない。明の王朝が編纂した「本草品彙精要」の完成が1505(弘治18)年、「本草綱目」の成立が1578(万暦6)年のことで、これらの二大名著の影響を受けていることは想像に難くない。特筆すべきは、大地に産する「植物」「動物」「鉱物」の食用方法、医療での活用方法が、網羅的に記載されていることにある。「植物」や「動物」の形態、生態などを美麗な図画を用いて編纂された「植物図譜」「動物図譜」はこの時代にあっては製作されていないが、この資料は、それらの図譜類に十分に比肩しうる著作物である。この時代においても、医療行為に必要な薬物は、病気そのものを治癒する物質であると同時に、体力を強健にして健康を維持する食物としても認識されていたのであろう。「動物」の豚を一例にとってみても、肉、爪、脚は言うに及ばず、体毛、鼻、頭などまでが活用されている。
また、これらの史料においては、「人間」や「排泄物(小便、大便)」に一章が割かれていることにも注目すべき必要がある。「人間」の排泄物、死体、ミイラを医療や食生活に活用しないのは、おそらく「禁忌(タブー)」によるものであろう。「禁忌(タブー)」とは、信仰や日常生活と深く連関するもので、穢れた物を医療や食生活に活用することに対する嫌悪から発生した考え方であると推定される。この思考方法は時代や地域においてその様相を異にするのも大きな特色である。例えば、江戸時代において、「小児童便」「糞尿」「秋石」などの排泄物が、ある特定の地域のみならず、都市の近郊や農村においても医療、農業に活用されていた事実を銘記する必要があろう。おそらく、中國、朝鮮など、日本以外の地域にあっては、これらの事物に対する「禁忌(タブー)」は、異なる様相を呈していたに相違ないであろう。「糞尿」が肥料として日本で活用されなくなったのは、化学肥料が生産されて以降のことである。「糞尿」が細菌、ウイルス、蛔虫などの繁殖の培地として宣伝されることになり、その有効性を喪失してしまった。ただ、化学肥料が生産されていない地域にあっては、現在でも、「糞尿」が肥料として有効利用されている。「排泄物」も「穢れたあるいは汚い物」として処理されているが、薬物の有効性としては、十分な評価に値する。もし、「排泄物」や「人間」について、さらなる知見を求めたい方は、索引篇の「人黄」「人中黄」「童便」「人中黄丸」「人中白」「人糞」「人糞汁」「人尿」「享鼠汁」などの項目を参照されたい。
原書の『東醫寶鑑(Don Gui Bo Gam、トンイボガム、????)』は、23編25巻で構成されている。著者は許浚。字は清源。1546年に生を享け、1615年に没している。医官として朝鮮王朝に仕え、名医として名を残した。宣祖の命令により、1596(万暦24)年から1611(万暦39)年まで16年の歳月をかけて完成した貴重な労作が『東醫寳鑑』である。製作に際しては、内医院に編纂局を置き、許浚の他に、楊礼寿、李命源、鄭?、金応鐸、鄭礼男などが編纂に携わった。初版本は、1613(万暦41)年に刊行され、有史以来、朝鮮で最も貴重でかつ有益な薬方書として評価され、中國や日本でも江湖に広く流布された。
この『[訂正]東醫寳鑑』は、1724(享保9)年に、徳川吉宗の指示により、幕府の医師である細川元通(桃庵)が訂正を施して、京都の「栂井藤兵衛 書林」から刊行され、1799(寛政11)年にも再版本が発行されている。この版は、漢文を読みやすくするために訓点を施し、誤植などの誤りを訂正している。中國においては1763(乾隆28)年に「乾隆版本」が刊行されていて、1890(光緒16)年に「日本版」を参照した復刻本が発行されている。
『東醫寳鑑』が作成された当時の朝鮮王國においては、「明の李朱医学が取り入れられ、従来の朝鮮医学は忘れ去られており、医薬品までもが中國に依存する状況にあり、明の医学を基礎として、従来の朝鮮医学との統合作業の必要に迫られていた」とする見解には、いささかの疑義をもっている。この資料を散見しても、「朝鮮独自の医学」を確立することよりも、朝鮮の地に産する「植物」「動物」「鉱物」を整理して、それらの医薬品や食品の有効性を発見することに重点がおかれている感を強くするからである。動物相や植物相が同一で、気候も類似している、中國、日本、朝鮮で、それぞれの地域に固有の医療技術が発展することは考えにくいからである。この「朝鮮医学の独自性」に関しては、今後の研究をまつ必要があろう。この書籍の中で、中國で発行された醫學書目及び藥學書目から、処方、治療方法、病気名などが豊富に引用されていることも考慮する必要があろう。この書に引用されている主要な書目としては、次のようなものが挙げられる。『醫學入門』『丹渓心法』、『醫學正伝』『古今医鑑』『萬病回春』『得效方』『聖済総録』『直指法』『銅人経』『東垣十書』『証類本草』『郷藥集成方』『醫林撮要』『本草綱目』など、宋代、元代、明代の古文献が枚挙されている。詳細に関しては、索引篇の「文献名」を参照されたい。
全篇が、序2巻、内景篇4巻、外形篇4巻、雑病編11巻、湯液編3巻、鍼灸編1巻の合計全25巻で構成されている。以下に、その内容を列挙する。
【ここからの内容が第5巻に収載されている】
序:目録(上下2巻)
内景篇(全4巻):内科に関するもの
巻1 :身形、精、気、神
巻2 :血、夢、声音、言語、津液、痰飲
巻3 :五臓六腑、肝臓、心臓、脾臓、肺臓、腎臓、胆腑、胃腑、小腸腑、大腸腑、 膀胱腑、三焦腑、胞、蟲
巻4 :小便、大便
外形篇(全4巻):外科に関するもの
巻1 :頭、面、眼
巻2 :耳、鼻、口舌、歯牙、咽喉、頸項、背
巻3 :胸、乳、腹、臍、腰、脇、皮、肉、脉、筋、骨
巻4 :手、足、毛髪、前陰、後陰
雑病編(全11巻):疫病、婦人科、小児科に関するもの
巻1 :天地運気、審病、弁証、診脈、用薬、吐、汗、下
巻2 :風、寒(上)
巻3 :寒(下)、暑、湿、燥、火
巻4 :内傷、虚労
【ここからの内容が第6巻に収載されている】
巻5 :霍乱、嘔吐、咳嗽
巻6 :積聚、浮腫、脹満、消渇、黄疸
巻7 :瘧疾、瘟疫、邪祟、癰疽(上)
巻8 :癰疽(下)、諸瘡
巻9 :諸傷、解毒、救急、怪疾、雑方
巻10 :婦人
巻11 :小児
湯液編(全3巻):薬物に関するもの
巻1 :湯液序例、水部、土部、穀部、人部、禽部、獣部
巻2 :魚部、蟲部、果部、菜部、草部(上)
巻3 :草部(下)、木部、玉部、石部、金部
鍼灸編:(全1巻)
巻1 :鍼灸
各病気名について、その症状、対処法、必要な処方例、その処方の製造方法などが懇切丁寧に記述されていて、実用的な処方集としても活用が可能である。
第6巻の末尾に掲載した『東醫寳鑑湯液類和名』は、丹羽正伯の編纂による書籍で、『東醫寳鑑・湯液篇』の水部以降に記載されている薬物名称の和訳を試みたものである。
この『東醫寳鑑』を閲読・編纂する過程で、「人間を含む動物に由来する薬物」や「鉱物に由来する薬物」について、編者としては、大いなる興味をひかれた次第である。日本においては、「植物に由来する薬物」の研究が主流と言える。その理由として、植物画医薬品や食料の原材料として豊富に自生していて、かつ、栽培が容易であることなどがあげられる。その他に、前述した「禁忌(タブー)」にも原因があることが推察される。また、「本草綱目」などの種々の文献においても、「水部」「土部」「火部」「金石部」「獣部」「鱗部」「介部」「人部」「禽部」「蟲部」「服器部」などに、多くのページが割かれていることを考えると、まず、研究の空白部とも言われるこれらの分野を真摯に研究する必要があろう。編者としても、これからの出版活動において、前掲の分野を、古典籍をひもどきながら考究する所存である。まず手始めに「人部」から考究したく考えているので、その梗概を以下に提示することにした。人体を薬物としてとして活用する例を、体系的に記述している『本草綱目』などを含む様々な文献から、記事を抜粋していることをお断りしておきたい。
*「人部」に由来する薬物
①体毛に由来する薬物(頭髪、髭、陰毛)
「髪?」:「乱髪」「乱髪霜」の名で知られ 体内の余分な水分を排出する作用(利水)や、止血作用があるとされている。応用例として、尿路疾患、破傷風による剛直様症状、小児驚癇、大小便の不通、霍乱に用いられた。処方では、髪灰散、無憂散、乱髪膏などの処方が知られている。
「髭須」:口髭と顎鬚をさす。癰瘡に利用されるほか、大小便不通、子供のひきつけ、鼻血止めなどに用いられる。
「陰毛」:陰部に生える縮れた毛である。男性の陰毛は、蛇に咬まれた時に、その汁を飲んで毒を退ける効果の他に、横生逆産時に、男性陰毛を焼き、猪膏と混ぜて飲ませると効果があるとされた。また、女性の陰毛は、五淋及び陰陽易病に用いていた。
②爪に由来する薬物(爪)
「爪甲」:利尿及び陣痛促進)に効果があるとされている。淋病、脚気、胞衣不下、鼻血に用いられた。
③垢に由来する薬物(頭垢、耳垢、膝頭の垢)
「耳垢」:癲癇、アルコール依存症の他、蛇などに咬まれた際に使用された。
「膝頭垢」:焼いた垢を塗ることで唇緊瘡の治療に用いるとされていた。
④骨に由来する薬物(一般の骨、頭蓋骨)
「人骨」:骨病、骨折、瘡に効果があるとされていた。
「天霊蓋」:傳尸、?尸、肺結核)、鬼気、盗汗などに効能があると信じられていた。
⑤口腔に由来する薬物(歯、歯垢)
「牙歯」:疲労を除く作用があり、瘧(マラリア)、蠱毒、痘瘡(天然痘)などに使用された。
「歯?」:竹木刺(竹木による刺傷)、蜂螫に用いられた。
⑥分泌物に由来する薬物(母乳、唾液、精液、涙、汗)
「乳汁」:「仙人酒」の名でも知られている。五臓(心臓、肝臓、腎臓、脾臓、肺臓)を活性化し、気を養い、毛髪を艶やかにし、滋養効果があり、中風不語、目赤痛多涙、月経不順に用いられる。
口津唾:「霊液」や「神水」などの別名でも知られている。明目、消腫、解毒の作用があり、明目退翳、瘡腫、、毒蛇咬に用いられた。
「人精」:傷痕を消す作用が知られていて、湯火瘡、金瘡出血、瘤などに用いられた。
⑦排泄物などに由来する薬物(小便、大便、経血)
「人尿」:十歳以下の男児の尿は「童便」と呼ばれ、優れて良質であるとされている。 日本の江戸時代の民間治療書に頻出する用語である。潤肌膚、滋養、止血、解毒などの作用があり、於血、吐血、鼻血、喉痛、下痢、打撲、難産、蛇犬咬に用いられた。
「溺白」:尿を溜める壷に生じる沈殿物で、「人中白」とも記されている。解毒、止血の効能があり、鼻血、吐血、脚気、肺痿(肺結核)などに用いられた。なお、主成分は尿酸カルシウムやリン酸カルシウムなどである。
「尿抗泥」:尿を溜める壷に生じる泥状物質であり、蜂蠍虫咬、喉痺に使用された。
「秋石」:秋石には人中白(溺白)を加工したものと、明の時代に開発された偽造品である食塩から作るものの2種類が存在し、前者を「淡秋石」と呼び、後者を「鹹秋石」と呼ぶ。「淡秋石」の主成分は尿酸カルシウムやリン酸カルシウムで、「鹹秋石」は塩化ナトリウムが主成分である。滋養強壮作用があり、喀血、淋病、咽頭腫痛、水腫などに用いられる。また、漢方処方としては秋石交感丹、秋石五精丸が知られている。
「人屎」:解毒作用が知られていて、産後陰脱、蛇咬、痘瘡(天然痘)、鼻血に用いられた。なお、「河豚の毒を解す妙薬」として人糞を用いる方法も知られている。さらに、便壷の底に蓄積される泥状物質を「糞坑底泥」と呼び、これは発背や悪瘡に応用とされた。
「人中黄」:別名として「甘草黄」の名がある。甘草の粉末を人糞に混ぜて、あるいは、竹筒に入れた甘草の粉末を肥溜めに漬けて製造する。解熱や解毒作用があるとされ、丹毒(細菌性皮膚疾患)、傷寒熱病(チフスの類)、吐痰などに用いられた。人中黄を含む漢方処方としては、化斑解毒湯が知られている。
「小児胎屎」:新生児の胎便で、悪瘡や鬼舐頭(円形脱毛症)に使用された。
「夫人月水」:毒矢傷の解毒、女労復に用いられた。また、経血の付着した布を「月経衣」と呼び、霍乱、黄疸、陰瘡などに用いられた。
⑧血液に由来する薬物(血液)
「人血」:乾燥肌、狂犬咬に用いられた。
⑨結石に由来する薬物(胆石、尿路結石)
「人癖石」:消硬癖、噎膈に効果があるとされた。
「淋石」:噎病吐食、石淋(尿路結石)に使用とされた。
⑩出産に関連する薬物(胎盤、臍緒)
「人胞」:安心、益気、補精の効果があるとされ、不妊、労損、癲癇などに利用された。処方として、河車丸、大造丸などが知られている。また、「人胞」を埋めて得られる水を「胎衣水」と呼び、小児丹毒や狂言妄語の治癒に用いられた。
「初生臍帯」:瘧(マラリア)、胎毒に活用とされた。
⑪ミイラ
「木乃伊」:下腹部の血行不良改善に効果があるとされ、骨折、労咳(結核)、吐血、虫歯、淋病などに用いられた。
⑫人肉
「人肉」:?疾(結核)に効能があるとされた。また、中國では宋の時代以降、両親や舅、姑の病気には、自身やその妻が内股の肉を切り取って薬膳とするのが最大の孝行とされた。
⑬内臓
「人膽」:人の胆のことである。鬼気、尸?、久瘧、金瘡に用いられた。なお、江戸時代には「人胆丸」という生胆を用いた薬が、首切り役人の山田浅右衛門により実際に販売されている。
⑭陰茎
「人勢」:人の陰茎を指す。創口不合に利用された。
『官刻訂正東醫寳鑑』は、『国書総目録』を検索したかぎりでは、國立公文書館以外でその存在を確認することができなかった。なお、本書を複製するにあたっては、國立公文書館所蔵の 『官刻訂正東醫寳鑑』(漢12617)及び『東醫寳鑑湯液類和名』(和17590)を使用した。関係者各位に深く感謝の意を表する次第である。
2014年3月15日
編者識